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台湾偉士牌とは何ぞや?

さて。
ここの読者の方でも懐かしの「台湾ベスパ」とはなんだかわかんない人もいるかもなので解説しますよ?

ご存知ベスパはイタリアのヒコーキ会社「ピアジオ」が戦後に出したスクータですね。ここまでは皆知ってる。
日本でも中島飛行機(富士産業→富士重工)が「ラビット」。三菱重工(名古屋)が「シルバーピジョン」作ったのと経緯は似てる。
イタリヤは開戦時には枢軸側、終戦時にはなぜか戦勝国側に居て「今度はイタリア抜きでやろうぜ」とか言われる訳なんですが経済状態は日本と大差なかったらしい。需要があったんでしょうね?

で順調に生産台数を増やしてた。アジア(日本と中共以外)への輸出も多くて外貨持ち出しちゃうから結構色んな所で揉めた結果…現地生産が始まり出すわけです。

中華民国台湾省でもそのような経緯があって60年台末~70年台初頭に掛けて「台湾偉士伯社の偉士牌(ベスパ)」による現地生産が始まります。
125cc以上のいわゆるラージボディ中心ですが…90ccとかもあったんですね。その頃の現地の広告がこちら。(引用元はここ
偉士牌180広告
ウインカーも台湾の道路事情を考慮してスーパーカブ的な配置に。
バーエンドなんかにしたらすぐにぶつかるから!
ってことらしいですよ?すでにホンダのバイクとか進出してた中でベスパのウリは
鉄板の膨らんだボディで転んでも婦女子の肌に傷が付きにくいとか泥はねが少ないとか…足揃えて乗れるとかあったみたい。この頃から経済も良くなってきて
自家用車として
需要が出てきたことも大きいようです。大人数…昔家族4人とかで乗ってる写真もよく見たけど自家用車なら当然だわな。
そして中華圏なので売れるとわかると対抗馬が出てまいります。
比雅久(ピアジオ・現PGO)と百吉發(パイジファ・後に倒産)の登場である。これも当時の広告。
比雅久P150S百吉發BELLA

台湾ではその後このように現地生産車が競争しながらちょっと独自な進化を1980年台末まで続けていくことになります。
日本と違って比較広告がOKだったこともあり、性能うんぬんから始まり…ヘッドライトの大小丸角まで違いをアピールしてたようです。広告より。
偉士牌はこんなに!
(他社製品を「不敵紛造」まで言ってますねえw)

特記事項としては「百吉發」は正確にはピアジオ社のライセンス契約ではなく。
インドのBAJAJがグレーゾーンで売ったライセンス生産車
ってのがあります。ので広告のようにラージボディの100ccなんてものがあったりw

さて。長くなったけど。
いまは日本では「ピアジオ・ジャパン」がベスパの輸入元ですが、その前は「成川商会」。更に前は「ジャパンベスパ」と言う会社が総代理店としてイタリアから輸入してました。ここが契約を成川商会に持ってかれたところから始まります。80年台初頭の話。
商品がなくなっちゃったジャパンベスパは
台湾の「偉士牌」に目を付けます。当時は日本国内の2輪車生産の9割が50cc。原付ラインナップが欲しかったんでしょうね?
台湾でベスパ50Sが生産されてれば何も問題はなかったのですが…
当時台湾偉士伯社は50ccがモペッドのブラボーしか無かった!
台灣偉士伯股份有限公司
ジャパンベスパ。85ccのスクーターにバッチエンジニアリングを実施。
現地のおそらくP90ってやつをvespa50ssって名前で「原付として」売っちゃった。当時を知ってますけどバイク雑誌の紹介記事でも「イタリアモノの50sより速い」だの違いは強調してた。でも具体的なことは何も書いてない・・・12V電装でCDI装備してとまで書いてあるのに!
サドルシート付きが欲しかった!(台湾モノでも高くて買えなかった)
※ウチの個体はチョー初期の輸入VERみたいでウインカーは交互点灯の4コ。12Vレギュレーター付きなのにポイント式だったです(泣

しかし台湾ベスパのブームは長くは続かなかったのだった。主要部品の寸法自体はイタリアモノとおんなじなので随分部品取られてスクラップになった模様。ジャパンベスパは後に「本当に49ccにして」ベスパを売ったけど倒産。

台湾に戻ると…
84年頃重大問題が勃発した。日本では全く報道されてないのでここを翻訳かけて見てみて欲しい
「フライホイール爆裂死傷事故」の発生である。
最初の方で「安全なファミリーカー」と書いた車種がである。故障して修理出したら修理工が爆裂したフライホイールで死んだり大怪我したり。
比雅久と百吉發の2社から(フラホの外注先が一緒だった模様)発生してベスパのブームは終焉を迎えてしまうのだった。
部品取りした奴は怯えて暮らすとイイぞ
その後はPGOはオートマスクーターに軸を移し、百吉發は不良在庫抱えて倒産。台湾偉士伯はヤマハモータータイワンに吸収合併されてしまうのであった。

これが台湾ベスパの概要である。(個人の見解を含みます)
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